人を好きになるって何だろう、「会話」を軸に考えた。

森内美実です。

今日は、人との「会話」について、ちょっと書いてみたいと思います。
「会話」と言っても、私が特に興味があるのは、
「1対1での直接対面での会話」です。
デートで何を話すのか、というテーマにしてもらっても構いません。


何を隠そう私は、これまでの人生において、
とんでもない数の恋愛本を読んできた。笑

恋愛本というのは、そう、「モテるためには」とか
「愛されるためには」とかいう、
一見とてもぞっとするが、
それでもやっぱり手にとってしまうような、
ああいう本である。

中学、高校と女子校だった私にとって、
「大学は共学である」という事実が、
響き通り驚愕の事実であって、
そして高校の卒業を目前にしたそのとき、ふと
思い知るのである。

「そうか、世の中の半分の人は、女性以外なのに。
これまでの6年間、女性だけという特殊な環境にいて、
いったい私は、何て狭い世界にいたのだ。」と。

せっかくならば、女性以外の人とも仲良くなりたいと思った、
そんな春であった。

好都合にも私は、大学は心理学部への進学を決めていて、
「心理学のお勉強」という立派な名目のもと、
心ゆくまで恋愛本を読み漁ることができた。
普通の書店には置いていないような、
男女の恋愛における心理状況とか、
真面目な学問として論じられた恋愛学とか、
そういう本もたくさん読んだ。

そして、私は知っていた。
本を読むだけではだめなのだ。実践こそ素晴らしき学びよ。

6年間、ほぼ女子とだけ関わってきた私は、
大学では体育会の男子部の女子マネージャーになったのである。笑

俗に言う、「男目当て」だ。輝かしき、研究目的である。

そうして大学に入学した私は、昼間は心理学の名の下に、
「人と人が、どうしたらうまくやっていけるのか」の理論を学び、
そして授業が終われば部活に行って、
学んだ理論を実際に試していく、そういう日々であった。

残念ながら、伝えておくと、私はこの男女恋愛が頻繁に
発生しそうな「男子部ー女子マネ世界」において、
4年間一度も部内恋愛をしない(できなかった?笑)
という、仏的なポジションのまま、
全員に愛されて卒業した。(と、思っている。)
しかし、だからこそ、これは言える。
私は4年間、ただ純粋に、男性を、そして男性を見つめる女性の
心の内を、真摯に、見つめ続けてきたのである。

そして、学ぶことは、大変に多かった。


今後、少しずつこのブログに書いていこうと思うが、
今日はまず一つ、大事なことを言いたい。

小学校で学んだこの名言
「自分がされて嬉しいことを、相手にしましょう。
自分がされて嬉しくないことは、相手にもしないようにしましょう。」

の、崩壊である。
まさか、まさかである。このキラキラとした星みたいな名言が、
くるっとヒックリ返るような、前提の誤算があった。

それは、「人によって、されて嬉しいことが違う。」
という、ことであった。

当たり前のようで、見落としてきたこの事実。
男女間(まあ、男女間だけには限らないのだけど)では、
この「違い」がとてつもないほどの重要性を持った問題として、
ここに横たわっている。

私がされて嬉しいことも、相手がされて嬉しいとは限らず、
私がされて嬉しくないことを、相手がされて嬉しくないとも限らない。

なんてことだ!!!

小学生から真面目に授業を受けて、先生たちの言うことを聞いて、
優等生街道まっしぐらで生きてきた私にとっての、世界の崩壊であった。

そこから私は変わった。
正確に言うと、私の「会話の目的」が変わった。

私が繰り出す会話の全目的は、次のたった一つに向けられるようになった。

「あなたは生きていて、何が楽しいのですか。」

これである。これを知るために、私は人と会話をする。


少し、解説をさせてください。

◆人によって、されて嬉しいことが違う。

◆この人は、何が嬉しいのかを知りたい。

◆それを突き詰めると、「この人は生きていて何が楽しいのか」を知りたい。

このような流れにより、私の会話の全ての目的が、
定まっていったのである。


この、「あなたは生きていて、何が楽しいのですか。」
を知るために会話をする、という件、

社会に出てからの仕事中でも、打ち合わせでも、
相手が誰であっても変わりない。
もちろん、「では、このプロジェクトのこの役割は私が、
いつまでにどのように、どうこうしておきますね。」という会話は
するのだけれども、その背景にはいつだって、

「で、この打ち合わせをしているこの人、何が楽しくて生きているんだろう」
という、会話相手に対する底知れぬ興味というものが、常に私にはある。

それは、男女関わらずである。生きている人に対しては、
皆に発生する。

そして、よく、質問するのである。

40代の妻子をもつ課長、とかに、聞くのである。
「課長は、毎日生きていて、何が楽しいですか?」って。
営業先に向かう電車の中とかで、突然。
ふと、気になるのだ。

そうすると大体、課長は弱る。
「そんなこと聞くなよ、森内。」と、困った笑顔をする。

なぜだ。なぜなのだ。毎日、皆、まあ
「生かされている」とは言え、それでもやっぱり、
自主的に「生きる理由」があって欲しい。
なければ、辛いじゃないか。

なくてもいいけど、ないならないなりに、
「生きる理由なんてそんなのありゃしないよ。
俺はただ、毎日、人生という暇つぶしをしているのさ。」
くらいカッコよく、さらっと答えて欲しい。

もしくは、
「生きていて楽しいこと?そんなのあるわけないじゃないか。
ばかだなお前も、まだまだ子供だな。辛くて、辛くて、
それでも明日が来るっていうのが人生なんだよ。ふっ。」
とか、そういうタバコの煙みたいなオーラを出して、微笑んでほしい。

話がそれた。笑

とにかく、こういう思いによって私は、
目の前のこの人とか、電車でたまたま隣になるこの人が、
どんな思いを抱えて生きているのか、
「それが無性に気になって仕方のない人」
という人になった。


それで、話は「会話」に戻る。
「1対1での対面場面における会話」のことだ。

デートで何を話すか、というテーマにしてもらってもいい。

答えは、もう出ている。一つだ。
「あなたは生きていて、何が楽しいのですか。」ということを、
聞くのだ。

いや、正確に言うと、私みたいに、この質問を直接聞くことは
おすすめしない。

でも、この疑問・興味を常に心の隅に置いて、
その「あなたのことを知りたい」モードで、会話をするのだ。

だからこその、
「ご趣味は何ですか」「休日は何をしているのですか」
に、なるのだ。

もっと言うと、
「お仕事はどんなことを?」とか「どの辺りにお住まいで?」
もこれが元に発生してくる。
(どんなことが好きで、お仕事を選ばれたのかしら?)
(どんなことを重視して、そのエリアに決められたの?)

あくまでも、聞いてみて、
「同じ趣味だから、一緒にできそうですね」とならなくて、いい。
違う趣味でも、いいじゃないか。

ただ、相手がなぜその趣味が好きで、
なぜ好きになって、どんな風な気持ちになるのか。
そういうことを聞いて、知って、考えて、考えて、考える。

そして、それが、人を好きになるっていうことだと、私は思っている。


だから、「人を好きになれません」ってたまに相談されるけど。

私なら、こう答える。
「その人が生きていて、何が楽しいのか。」
好きじゃない人でも、とにかく、目の前にいる人のことを
本気で、考えていたら、

そのうち、好きになる、かもしれない。

そして、ひょっとしたら、好きにならないかもしれない。
でも、好きにならない人生も、きっと、それはそれで、
素晴らしいと思うから、もちろん私は、
それにも興味があるのだけれど。。。

でも、仮に、
「好きになりたいんです」とか、もしくは
「好きになってもらいたいんです」という場合には、
全力でおすすめしたい。

目の前にいる人全員のことを、本気で想像して、
そして、失礼にならない程度の言い方をもって、
聞いてみて欲しい。

「あなたは毎日、生きていて、何が楽しいですか。」って。

楽しくなんかねえよ、っていう答えでさえ、
きっと、その人のことを知る、第一歩になると思うから。


ああ、会話。たかが、会話。されど、会話。

もちろん、言葉を話したり、聞いたりできない状況なら、
それを想像するだけで、立派なコミュニケーションだと、
私は思う。

そうやって、人が、人を想って生きていく社会が、
きっと、私は大好きだ。

森内美実

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ABOUTこの記事をかいた人

1991年7月9日生まれ。 心理学部を卒業した後、広告代理店と研修会社で法人営業を3年。 途中、副業でSNS起業をしつつも、会社を辞める勇気がなく挫折。 2017年6月に「無職になるチャンス」を掴み、 現在「ゆとりの天使」として活動中。